奇想漫画家・駕籠真太郎ブログ。単行本、イベント、特殊玩具など。視聴した映画のコメントは「映画徒然草」としてまとめています。駕籠真太郎公式HP【印度で乱数】http://www1.odn.ne.jp/~adc52520/
by tomezuka
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カテゴリ:映画徒然草ノンジャンル( 24 )

穴映画

ひさびさに穴映画を鑑賞。

『男の争い』★★★★
1955年仏、ジュールズ・ダッシン監督。
刑務所を出たばかりの男が仲間にさそわれ宝石店の金庫破りを計画。宝石店の上階に潜入→中年夫婦を縛り上げる→床に大穴を掘る→宝石店に潜入→金庫に穴を開ける→パトロールをかいくぐって逃走、といった過程がセリフも音楽もなく静かに進行する様が圧巻。完璧に見えた計画だが思わぬ落とし穴が・・・。



穴映画とは文字通り穴が現れる映画である。穴を掘る、穴に侵入するといった場面が見せ場となり、場合によっては最終目的ともなる。

穴映画の代表作としては
『穴』1960年仏、ジャック・ベッケル監督。囚人たちが脱獄のためひたすら穴を掘る。
『マルコビッチの穴』1999年米、スパイク・ジョーンズ監督。俳優ジョン・マルコビッチの頭の中に通じる穴をめぐる物語。
『放射能X』1954年米、ゴードン・ダグラス監督。放射能で巨大化した蟻たちの巣穴を焼き払おうとするパニック映画。
『HOLE』1998年台湾・仏、ツァイ・ミンリャン監督。床に穴が開いたことによる、上階と下階の男女の交流。
『黄金の7人』1965年伊、マルコ・ヴィカリオ監督。地下金庫の金塊を強奪するため泥棒一味が穴を掘る。
『ブラックホール』1979年米、ゲイリー・ネルソン監督。宇宙最大の穴に挑むSF。
『スター・ウォーズ』1977年米、ジョージ・ルーカス監督。デス・スターの弱点である熱 廃棄孔という穴にミサイルを挿入しようとするSF。
『地獄の門』1980年伊、ルチオ・フルチ監督。電動ドリルで頭に穴を開けることに熱中する男の物語。(このシーン以外はすべて蛇足である)
・・・などが挙げられる。

女性器という穴を目指すポルノ・ピンク映画や、人体にさまざまな凶器で穴を開けて被害者を絶命させようとするスラッシャーホラー映画、洞窟の奥を目指す冒険映画も広い意味で穴映画といえる。

脱獄、探索、交流など目的はさまざまだが、いずれにせよ人間は強烈な欲望をもって穴を掘り、または穴の奥を目指す。人間にとって穴掘りという行為は原初的欲求なのだ。性器挿入を知らない幼少の頃でも、砂場の穴掘りや洞窟探検の楽しさは知っている。ほとんどの人間は産道という穴を通過してこの世に出現するのだから、穴を目指すというのは望郷の念でもあり誕生の喜びでもあるのかもしれない。
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by tomezuka | 2007-11-27 01:35 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草ドン・シーゲル監督作品

『ダーティハリー』の生みの親、B級アクション映画の巨匠ドン・シーゲル監督作品。

『突破口!』★★★★★
1973年米。
男3人女1人の強盗が田舎銀行を襲撃、しかし強奪した現金は地方銀行には不相応な額の大金。実はこの銀行はマフィアがマネーロンダリングの一時的な保管金庫として使っていた場所だったのだ。おかげで強盗団は警察とマフィア双方から追われる羽目になる。
ブランコをこぐ少女(平和の象徴)の真横で発生する強盗劇、しょっぱなから死んでしまうヒロイン、マフィアが差し向けた冷酷無比の殺し屋、強盗一味とマフィア双方から情報を売ろうとする小悪党、そしてラストのセスナ機と自動車チェイスと、ドン・シーゲルが脂の乗り切った時期に放った犯罪アクションの金字塔。

『暗黒の鉄格子』★★★
1952年米。
老夫婦宅に押し入った泥棒は老夫婦を無残に射殺、現場の目と鼻の先に住んでいた使用人が犯人と疑われる。使用人の妻は夫に嫌疑がかかることを恐れ、所持品の拳銃を沼に遺棄。しかしそれが無罪を証明する唯一の手がかりだったため、使用人に有罪判決が下ってしまう。沼に沈んだ拳銃を探すために雇われた男が、支払う金がなくなったとたんに使用人の妻に肉体を要求する、といった小市民的悪意がよろしい(しかもこの男はストーリーには大して絡んでこないチョイ役)。

『仮面の報酬』★★★
1949年米。
全編70分ちょっとという短さの小気味良いアクション映画の小品。軍の金を盗んだ犯人をロバート・ミッチャム演じる将校が追い、それをさらに刑事が追い回すという団子三兄弟状態のカーチェイスが楽しい。
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by tomezuka | 2007-11-26 03:30 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草アメリカ犯罪系映画その7

『らせん階段』★★★★
1945年米、ロバート・シオドマク監督。
障害者受難、シリアルキラー映画で、ホーンテッドハウスもの的な側面も持ち合わせたサスペンススリラー。眼球のクローズアップやそれにオーバーラップする被害者の姿など後のイタリアンホラーを想起させる。長く伸びたらせん階段の影、暗闇に潜む殺人者、館に限定された舞台、寝たきりの館の主である老婆、後天的障害で声を出せず電話で助けを呼べないヒロイン、とホラー要素満載なのが嬉しい。ラストもう少しヒロインをいたぶって欲しかった。

『ギルダ』★★
1946年米、チャールズ・ウィドア監督。
犯罪映画、というにはちと苦しいが、フィルムノワールの代表的一本ということで。タイトルロールの美女ギルダを演じるリタ・ヘイワースはこの作品でハリウッドを代表するセックスシンボルとなった。のだけど、どうもこの女優さんの顔は下品で正視できない。叶姉妹に通ずる下品さ。終盤のギルダのクネクネダンスが何か妙で面白かった。

『ボディ・アンド・ソウル』★★★★
1947年米、スチュアート・ヘイスラー監督。
これも犯罪映画というには苦しい。でもフィルムノワール作品ではおなじみの過去への回想やモノローグ、陰影の濃い暗い画面はなかなか魅力的なので。物語を直線的になぞらない話法はこの頃の流行なのだろう。実力派ボクサーが金と名声で次第に堕落していくというストレートなお話をたたみかけるようなテンポで一気に見せている。善人の恋人や母親、よき理解者の友人、悪徳プロモーター、誘惑する悪女とまるで教科書のようなキャラ配置だがこの映画に限っては決して不快なものではない。『罠』に比べてボクシングシーンにリアルな迫力がなかったのが残念。
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by tomezuka | 2007-11-25 02:19 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草アメリカ犯罪系映画その6

ボギー映画、殺し屋映画、八百長ボクシング映画、双子映画など。

『東京ジョー』★★
1949年米、スチュアート・ヘイスラー監督。
ボギー東京に現る!タイトルからも想像つくように舞台は東京。第二次大戦前に日本で「Tokyo Joe‘s」というレストランを経営していたボギーが戦後日本に帰ってくる。しかし早川雪州演じるキムラ男爵に、ボギーの元妻の国に対する裏切り行為をばらされたくなければ協力しろと運び屋を強要されることとなる。ここでのボギーはレストランの共同経営者と戯れに柔道の組み手をしたりカタコトの日本語をしゃべったりとプログラムにバグが生じたようなロボットぶりを見せるが、始終無表情の早川雪州のロボット演技に完全に食われてしまっている。雪州の配下の西郷隆盛前としたロボット具合もなかなか強烈。

『拳銃貸します』★★★
1942年米、フランク・タトル監督。
アラン・ラッド扮するクールな殺し屋がボギー以上なロボットぶりを発揮するハードボイルド。殺害対象をまったく表情を変えずに射殺する冒頭のくだり(仕事を目撃されたというだけの理由でその場にいた女も容赦なく射殺)は、現在の目で見れば普通だが、公開当時はかなりショッキングだったのではなかろうか。この手の映画に定番で出てくるヒロインがマジシャンだというのはちょっと珍しい。ショーパブで歌いながらマジックを披露する場面はプリンセス・テンコーを先取りしている。

『罠』★★★★
1949年米、ロバート・ワイズ監督。
ピークを過ぎ引退直前のボクサーが挑んだ試合は八百長試合であった。八百長と知らされても意地で勝ってしまい、大損こいた街の裏ボスに狙われるはめに。映画内時間と上映時間がまったく同じ72分。なので前半1/3はちょっとかったるく感じるが、4ラウンド一切省略なしで描かれるボクシングの試合はスリリング。

『暗い鏡』★★★
1946年米、ロバート・シオドマク監督。
瓜二つの双子姉妹ルースとテリー。どちらかが医師殺害の犯人らしいのだが、本人も自白しないし目撃証言もアテにならない。精神科医は二人を分析していくうちに、一方に重大な精神的疾患があることを見抜く。双子の合成場面がとにかくうまい。
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by tomezuka | 2007-11-22 19:47 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草アメリカ犯罪系映画その5

アメリカ犯罪系映画、ハンフリー・ボガートスペシャルpart2

『暗黒への転落』★★★★
1949年米、ニコラス・レイ監督。
本作でのボギーは弁護士で、警官殺しの罪で起訴された青年の無罪を信じて弁護を引き受ける。警官殺し~容疑者逮捕までの見事な導入部、そして法廷での弁護士ボギーと検察官との緊迫感あふれる丁々発止のやりとりへと続いていくのだが、ここではボギーの弁護士としての活躍よりも被告の青年の貧しいがために小悪党に転落していく過去が執拗に語られることとなる。主人公はあくまで被告の青年であり、ボギーは今回は狂言回しなのだ。そのせいか、さすがのボギー・ザ・グレートの活躍もすべて徒労に終わり、ラストの大演説も悪あがき程度にしか聞こえず大いなる虚無感に包まれる。

『殴られる男』★★★
1956年米、マーク・ロブソン監督。
本作でのボギーは新聞記者。コラムを連載していた新聞の廃刊によってお払い箱になり、職を探していたところボクシングの悪徳プロモーターに八百長試合の片棒担ぎの記事を書かされることとなる。素人同然のボクサーをスターにするために対戦相手に裏金与えて負けてもらったり、といった誇張演出がなかなか楽しい。トントン拍子すぎてまったくリアリティがないけど。まあボクサーに限らず、スターを作り上げるというのはこういったヤラセ演出は不可欠なものなのだろう。

『ハイ・シェラ』★★★
1941年米、ラオール・ウォルシュ監督。
本作でのボギーは脱獄犯人。義理堅く女性に優しいなどといった後のボギー要素も見られるが、惚れた女性にあっけなくふられるなどはボギー・ザ・グレートらしからぬところ。『三つ数えろ』ではチョイ役の書店店員やタクシー運転手の女性にまで色目使われていたというのに。それもそのはず、本作はハンフリー・ボガート初の主演作品。同年『マルタの鷹』での堂々たるロボット振りはまだ未完成だったのだ。ウォルシュ監督の演出は快調そのもの。金庫破りして以降の逃避行、山岳地帯でのカーチェイスに銃撃戦と、ボギーは死に向かって突き進む。
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by tomezuka | 2007-11-16 04:24 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草アメリカ犯罪系映画その4

『白熱』★★★
1949年米、ラオール・ウォルシュ監督。
マザコンで精神異常者、残虐で頭痛持ちのギャングの親玉(演・ジェームズ・ギャグニー)の犯罪と逃避行の日々。追い詰められたギャグニーがガスタンクに引火させて自爆するラストは「悪玉の死=爆発」という図式を確立し、後に東映ヒーロー等での「怪人の死=爆発」という定番を作り上げることとなる(嘘です)。

『仕組まれた罠』★★★
1954年米、フリッツ・ラング監督。
鉄道がらみの犯罪ものというのは多いが、犯罪に巻き込まれる主人公が機関車の運転手というのは珍しい気がする。

『深夜復讐便』★★★
1949年米、ジュールズ・ダッシン監督。
農家からリンゴを買い取り青果市場で卸して大金を稼ごうとするお話。犯罪映画、というには少々無理があるが、悪徳卸売り業者や主人公をハメる女など出てくるので、フィルムノワール系映画の流れの中で出てきた一本といえる。
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by tomezuka | 2007-11-15 00:06 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草フライシャー監督作品

アメリカB級映画の巨匠リチャード・フライシャー監督作品。

『10番街の殺人』★★★★
1971年英。
リチャード・アッテンボロー扮する中年のアパート管理人は、治療と称して女に麻酔をかまし絞殺するのが趣味である。アッテンの妻は当然旦那の異常趣味にはまったく気付いていないので、彼女に対する隠蔽工作にも余念がない。まったくご苦労なことであるが、発覚すれば趣味を続けるわけにはいかなくなるので当然といえば当然。表向き「いい人」な演技も完璧だ。まさにマニアの鏡である。ある日アパートに若夫婦が間借りにやってくる。アッテンボローはさっそく若奥さんに目をつけ、餌食にせんとあの手この手を張り巡らせる。アッテンボローは妻の目をごまかし見事若奥さんを絞殺できるだろうか?!

『見えない恐怖』★★★
1971年英。
盲目のヒロイン、ミア・ファローに迫る殺人鬼。プロットはテレンス・ヤング監督『暗くなるまで待って』と同様だが、『暗く~』ではヒロインと犯罪者がタメで攻防戦を繰り広げていたのに対し、フライシャー版は追い詰められるミア・ファローの恐怖に的を絞っている。ミア・ファローの留守中に家に忍び込んだ殺人鬼は叔父や叔母たちをことごとく惨殺。帰宅した彼女は盲目ゆえそこかしこに放置されている死体に一向に気付かない。血まみれ死体の横でミア・ファローが普通に日常作業しているブラックユーモアともとれるくだりが白眉。

『ラスト・ラン 殺しの一匹狼』★★★
1971年米。
逃走専門の初老のドライバーが、逃走を助けた小悪党とその情婦とともに組織に追われるはめになる。銃撃戦やカーチェイスもあるが、逃げる過程ではロードムービー的な雰囲気もにじませる。
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by tomezuka | 2007-11-11 23:36 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草アメリカ犯罪系映画その3

アメリカ犯罪系映画、ハンフリー・ボガートスペシャル。

『三つ数えろ』★★
1946年米、ハワード・ホークス監督。
ハンフリー・ボガートはロボットである。無表情かつ抑揚を欠いたセリフ回しで始終何を考えているか分からない。彼の手にかかると複雑怪奇な事件はいつの間にやら解決し、美女は彼の胸板に顔を埋めることとなる。
難解なストーリーとして有名な本作だが、初見で事件のすべての仔細を理解できる人間はほとんどいないのではなかろうか?自分の場合も途中でさっぱり筋が分からなくなり、理解することを放棄してしまった。だがどうやらボギーにはすべてが見通せているらしい。本作でのボギーは私立探偵なのだが、次から次へと新たな真相が明らかになってもその都度冷静に対処分析し、やはりいつの間にやら自体は収束している。観客はおろか、監督のハワード・ホークスですら彼のスピードにはついていけないだろう。

『孤独な場所で』★★★★
1950年米、ニコラス・レイ監督。
本作でのボギーは映画脚本家。ボギーの元を訪れた若き女性が帰り道に殺害され、彼に嫌疑がかかる。彼の無実を信じる隣人女性はかねてよりボギーに想いを寄せており、事件をきっかけに婚約することとなる。だがボギーの秘められた野獣性を見るにつけ、徐々に疑念にとらわれるようになる。映画の主軸は犯人探しではなく、愛する人間がひょっとしたら犯罪者なのではないか?と婚約者が疑心暗鬼になっていく過程にある。『断崖』『疑惑の影』なんかでヒッチコックがよくやってたやつだ。
ここでのボギーもいつも通りの無表情で何を考えているのかさっぱり分からないのだが、時折り突発的に暴力を振るったりする。ほとんど機械的な反応で相手を叩きのめす。「サラ・コナー殺害」をインプットされたシュワルツェネッカーと大した変わりはない。そうか、やっぱりボギーはロボットだったんだ。

『キー・ラーゴ』★★
1948年米、ジョン・ヒューストン監督。
本作でのボギーは復員将校で、戦死した部下の父親を尋ねてキー・ラーゴ島にやってくる。父親はこの島でホテルを経営しているのだが、ここにはすでにエドワード・G・ロビンソン演じるギャングのボスと部下が潜伏していたのだ。ボギーはいつもながらの無表情だが、非暴力主義を演じているのかギャングたちの非情な仕打ちに対してもまったく反抗することはない。どうしたボギー、君はターミネーターじゃなかったのか?!だがやはりボギーには暴力本能がインプットされていた。ラスト、ものの数分でギャングたちを皆殺し!すごいぜボギー・ザ・グレート!
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by tomezuka | 2007-11-11 02:08 | 映画徒然草ノンジャンル

ピアノ線映画

『少年探偵団』補足。

変装の名人が別人に変装するというシチュエーションを撮影する場合、三つのやり方がある。

1.変装後を別人が演じる
2.役者に高度な特殊メイクを施す
3.役者に通常のメイクを施す

3の場合、変装できる役柄は非常に限定され、しかもばれやすい。だが映画の設定上「変装の名人」である場合は、どれだけ稚拙なメイクだとしても変装がばれることはない。何故か。「変装の名人が化けている」からである。

『少年探偵団』での怪人二十面相は変装の名人という設定である。劇中、二十面相はさまざまな人間に変装するが、せいぜいヅラ、付け髭、ドーランを施した程度のメイクである。上記の3に相当する。映画を見ている側からすると変装はバレバレ。だかそれを目の当たりにした少年探偵団たちは変装を見破ってはいないようだ。つまり劇中の人間である少年探偵団たちにとっては、二十面相は完璧な変装術を持ったキャラクターなのである。だから映画を見ている我々も「何言ってんだ、変装バレバレじゃないか」などと言ってはならない。「二十面相は変装の名人だ」という前提で見るべき映画なのである。

このような映画の代表として、飛行機やUFOなどのミニチュアをピアノ線で吊って「飛んでいる」風に見せている特撮系の映画がまず挙げられる。うまくピアノ線が背景に溶け込んで目視できないものもあるが、中にはあからさまにピアノ線が映ってしまっていたりする。だが劇中の登場人物はそれをして「あれ、UFOがピアノ線で吊られているぞ」と認識することはない。通常は「UFOが飛行している」と認識する。つまり観客たる我々も「ピアノ線が見えてはいるけど、これは飛んでいるという設定の映画なんだな」という心構えで見なければならないのだ。このような映画を「ピアノ線映画」と呼称する。

「ピアノ線映画」の伝統は日本では人形浄瑠璃まで遡ることができる。人形浄瑠璃においては人形を後ろで操る人間がはっきり目視できるが、けっして「人間が人形をくねくね動かしているぞ」といった見方はしない。あくまで人形が生命を得て動いているのであって、その場合後ろの演者は視界から除外される。UFOを吊るピアノ線が視界から除外されたように。

「ピアノ線映画」は人の死が関わる物語にも多い。登場人物が殺された。目がカッと見開き微動だにしない。だがよく見ると胸の部分が微妙に上下しているようだ。ひょっとしてこの人間はまだ生きているのではないか?だが被害者を目の前にした刑事や探偵はどうやら死亡を確認したようだ。生きているようにしか見えないが、これは「死んでいる」という心構えで見るべき映画のようだ、といった具合である。

ドン・シーゲルの『殺人者たち』の冒頭でジョン・カサベテスがリー・マーヴィンに至近距離から狙撃される。しかしスローモーションのアップで狙撃場面をとらえているにも関わらず、弾丸によって身体に穴が開いているようには見えない。だが彼は「撃ち殺された」らしい。了解、観客たる我々も死んだと認識したことにしよう。西部劇やアクションものの銃殺、時代劇での斬殺でも上記と同様「ピアノ線映画」状態が頻繁に発生する。

では死人が出る映画はすべて「ピアノ線映画」なのか?否である。どうして?『ワイルドバンチ』では効果的な着弾によって身体に穴が開いたように見える。だがそれは所詮技術の勝利であって、本当は死んでないのだから「ピアノ線映画」じゃないのか?観客はそう主張するかもしれない。だが、それが偽の死であると誰が断定できるであろうか。

黒澤明『椿三十郎』のラストで仲代達也は三船敏郎に袈裟がけに切断され、血しぶきを上げて絶命する。だがこれを見て「ピアノ線映画」とするのは早急すぎる。何故なら、仲代達也はこの時点で本当に斬り殺されたのかもしれないからだ。しかし撮影中本当に殺したことが露見すれば三船敏郎は殺人罪だし、黒澤明も無罪ではいられない。いや映画自体も公開されないかもしれない。そんな自体を回避すべく「血しぶきは特殊効果で死んだのも演技」と公表し、そっくりさんを探し出して仲代達也生存をアピールする。無名塾塾長はじつは二代目仲代だったというわけだ。真相は彼の死後も明らかにされることはないであろう。
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by tomezuka | 2007-11-10 11:59 | 映画徒然草ノンジャンル

映画徒然草アメリカ犯罪系映画その2

『アスファルトジャングル』★★★★★
1950年米、ジョン・ヒューストン監督。
都会の密林=アスファルトジャングルにひしめく獣たち=犯罪者、ということで。知性派犯罪者のドイツ人がリーダーとなりチームを結成、金庫に眠る財宝の強奪を計画する。完璧と思われた計画だが、裏切り、密告、予期せぬ事故などで徐々に破綻していき、チームは死亡または逮捕で全滅する。全編抑揚を抑えたタッチ、どっしりした固定カメラ、乾いた質感などとにかく素晴らしい。昨今の犯罪系映画作る人はこの辺をもう少し見習って欲しいもの。やたらカット細かく割って、馬鹿の一つ覚えみたく手持ちカメラでグラグラ揺れて一瞬ピンボケして、やたら火薬が爆発して、みたいのばっかな気がする、最近は。

『ローラ殺人事件』★★★
1944年米、オットー・プレミンジャー監督。
顔面をショットガンでぶち抜かれたうら若きローラちゃん。ローラちゃん殺害の犯人探しから物語りは始まるのだが、過去のフラッシュバックの連発をかましまくり、ははあ、ローラちゃん周辺の男たちの証言からローラちゃんという女性像が次第に浮き上がっていくみたいなお話かなと思いきや、映画中盤であっさりローラちゃん甦ってしまう。つーが死んでなかったんだけどね。どうでもいいけどローラちゃんは単に小生意気なだけにしか見えないんだな。何でそんな女に振り回されるかね、男ども。いや男なんてそんなもんか。
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by tomezuka | 2007-11-09 00:10 | 映画徒然草ノンジャンル